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Re-visit 東日本大震災 津波被災地(仙台市沿岸部)

毎年この時期に放送される 阪神淡路大震災関連のTV番組を観ていたら、市内沿岸部のことが気になってきた。特に、中野小学校、日和山。
宮城野区蒲生まで往復32kmのラン。約1年ぶり?の蒲生。

東北薬科大学病院を越えたあたり(沿岸から5km)から、津波被害の痕跡に迎えられる。
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ここが住宅地だった痕跡は、もうない。

久しぶりに登頂した日和山(日本一低い山)。
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蒲生干潟は、まだ再生していない。
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沿岸から市街地を望む。震災前にあった松林も住宅地も無くなり、奥羽山脈まで一望できてしまう。
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一本松。
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往路で見付けられなかった中野小学校。
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復路で見付けた。既に更地になっていた。

このエリアの復興は、まだまだ道半ば。
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by bostonmarathon | 2015-01-18 17:00 | 震災・災害現場

1/10-11 広島建築紀行

昨日は、安佐南区八木地区の土砂災害現場を訪れて、自然災害の恐ろしさをあらためて実感した。今朝は2時間ほどランニングがてら、建築物を回る。
(右下がりの写真が多いですが、未補正です。)

「広島アンデルセン」(1925年;長野宇平治さん設計)
ネオルネサンス様式。建物内に入ると、自然光(?)が降り注ぐ吹き抜けの天井が素敵。
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「旧日本銀行広島支店」(1936年;長野宇平治さん設計)
カチッとした感じ。この時代の銀行建築にしては、ゴテゴテしていない。
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「広島医師会館」(1969年;日建設計)
広島県医師会と広島市医師会が入居している。南側からの2Fメインエントランス と 西側道路からピロティを通って入る1F入口 とを繋ぐ 吹き抜けロビーの片持ち階段が、いかにもモダニズム。好み。
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「レストハウス」(1929年;増田清さん設計)平和記念公園にある被爆建築。
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「広島平和記念資料館」(1955年;丹下健三計画研究室)
シンプルで力強いモダニズム建築。1Fの柱には、(どっちが先か分からないが)名古屋大学 豊田講堂のように、コンクリートに木目模様が付いていた。
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「原爆ドーム」(1915年;ヤン・レルツさん設計)
戦後20年以上経った1966年に、永久保存が決まった。現在、3年に一度の健全度調査を実施中のため、足場に囲まれていた(2015/3/31までの予定)。
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「基町スターハウス」(1960年頃;????)
三方向に突き出した構造のアパート。1950年代に全国に建てられたが、残っているものは少ないらしい。ここも、もう入居者は居ないようだった。
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「基町・長寿園高層アパート」(1972-1978年;大高建築設計事務所)
本日の大当たり物件。ダイナミックな建築群の1Fはピロティになっている。基町ショッピングセンター部分の人工地盤による歩車分離など、建物群というより、「都市計画」といった印象。(短時間で、十分には堪能できなかったけど、)ここを体感できただけでも今回,広島に来た甲斐があった。広島城のお堀のすぐ西側にある。
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遠景からは分からないが、1F部分はピロティになっている。サービスコア(階段、EVなど)の造形は丁寧に作り込まれている印象。
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基町ショッピングセンター内。
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「広島城」(1589年、1958年再建;????)
この天守閣から、基町のアパート群を観てみたかった。
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「広島市立原小学校」(1873年;????)
昨日の大当たり物件。安佐南区八木に向かう途中で、たまたま見付けて、アールデコ調のタワーに目を奪われた。左手にある体育館の屋根の形状も興味深い。
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今回は、余裕がなくて、事前にあまり調べられなかった。また、時間が限られていたため、行った建物も十分には観きれなかった。他にも、行ってみたい建物はあったし。
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原爆ドームそばに、オシャレなカフェがありました。
帰りは新幹線で、広島―仙台 6時間の旅。

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by bostonmarathon | 2015-01-11 17:00 | アート & 建築

土砂災害現場、震災遺構など

1/10朝、空路で広島入り。15時頃からの研究会の前にラン。
安佐南区八木の土砂災害現場を訪れて、あらためて、自然災害の恐ろしさを実感した。

快晴の下、市内のホテルから北上。11kmほどで、TVで見慣れた県営住宅が見えてきた。
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JR可部線の踏切を越えると、まだ壁に泥が付いたままの家や壁面がブルーシートで覆われた家が現れた。そこから県営住宅のほうへ急な坂道を上り、絶句。
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発災から4カ月以上経ち、崩壊した家屋や土砂は除かれているが、大量の土砂が通った道は幅広い更地の帯になっており、無残にも潰された乗用車とともに、土石流の威力を実感させる。立ちすくんだ。東日本大震災後に、仙台市内沿岸部で見た風景が蘇った。
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見に行って良かった。
行く前は、住民の方に不快な思いをさせることを少し懸念した。しかし、東日本大震災の後、ひとりでも多くの人に、TVの映像だけ理解するのでなく、被災した現場を体感しに来て欲しいと思っていたので、ためらうことはなかった。やはり、現地に行ってみて、(ある程度片付いてきた今でも)TVの映像や新聞記事とは違った衝撃を受け、心が揺さぶられるのを感じた。

市内に戻って、原爆ドーム~平和記念公園付近を走ってから研究会へ。

東日本大震災の震災遺構については、存廃の議論が続いている。個人的には、大震災/津波の被害を後生に伝えるため、南三陸町防災対策庁舎のような震災遺構をいくつか残すべきと思う。本日、土砂災害現場を訪れて、あらためてそう感じた。ご遺族の感情や維持費用など様々な問題があるが、一旦壊してしまったら もう元には戻せないので、慎重な判断が必要。あの原爆ドームだって、永久保存することに決まったのは、戦後20年以上経った1966年。

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by bostonmarathon | 2015-01-10 23:59 | 震災・災害現場