カテゴリ:震災・災害現場( 2 )

Re-visit 東日本大震災 津波被災地(仙台市沿岸部)

毎年この時期に放送される 阪神淡路大震災関連のTV番組を観ていたら、市内沿岸部のことが気になってきた。特に、中野小学校、日和山。
宮城野区蒲生まで往復32kmのラン。約1年ぶり?の蒲生。

東北薬科大学病院を越えたあたり(沿岸から5km)から、津波被害の痕跡に迎えられる。
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ここが住宅地だった痕跡は、もうない。

久しぶりに登頂した日和山(日本一低い山)。
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蒲生干潟は、まだ再生していない。
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沿岸から市街地を望む。震災前にあった松林も住宅地も無くなり、奥羽山脈まで一望できてしまう。
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一本松。
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往路で見付けられなかった中野小学校。
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復路で見付けた。既に更地になっていた。

このエリアの復興は、まだまだ道半ば。
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by bostonmarathon | 2015-01-18 17:00 | 震災・災害現場

土砂災害現場、震災遺構など

1/10朝、空路で広島入り。15時頃からの研究会の前にラン。
安佐南区八木の土砂災害現場を訪れて、あらためて、自然災害の恐ろしさを実感した。

快晴の下、市内のホテルから北上。11kmほどで、TVで見慣れた県営住宅が見えてきた。
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JR可部線の踏切を越えると、まだ壁に泥が付いたままの家や壁面がブルーシートで覆われた家が現れた。そこから県営住宅のほうへ急な坂道を上り、絶句。
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発災から4カ月以上経ち、崩壊した家屋や土砂は除かれているが、大量の土砂が通った道は幅広い更地の帯になっており、無残にも潰された乗用車とともに、土石流の威力を実感させる。立ちすくんだ。東日本大震災後に、仙台市内沿岸部で見た風景が蘇った。
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見に行って良かった。
行く前は、住民の方に不快な思いをさせることを少し懸念した。しかし、東日本大震災の後、ひとりでも多くの人に、TVの映像だけ理解するのでなく、被災した現場を体感しに来て欲しいと思っていたので、ためらうことはなかった。やはり、現地に行ってみて、(ある程度片付いてきた今でも)TVの映像や新聞記事とは違った衝撃を受け、心が揺さぶられるのを感じた。

市内に戻って、原爆ドーム~平和記念公園付近を走ってから研究会へ。

東日本大震災の震災遺構については、存廃の議論が続いている。個人的には、大震災/津波の被害を後生に伝えるため、南三陸町防災対策庁舎のような震災遺構をいくつか残すべきと思う。本日、土砂災害現場を訪れて、あらためてそう感じた。ご遺族の感情や維持費用など様々な問題があるが、一旦壊してしまったら もう元には戻せないので、慎重な判断が必要。あの原爆ドームだって、永久保存することに決まったのは、戦後20年以上経った1966年。

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by bostonmarathon | 2015-01-10 23:59 | 震災・災害現場